観測の手がかり①

〜誰かの手記〜

私は、市バスに足を踏み入れるしかなかった。

 

1.旅立ち

バスは都会の喧騒から逃げるように山奥へと進んでいく。

目的地は、知らない。でも、目的ならある。

窓の外に広がる静かで、美しい唄を聞こうともせず、私は眠り続けていた。

頭の中の自分は、まるで遊園地に来た子供のように、空っけつな喜びに浸っていた。

頭ではわかっていた。怠惰な自分を理解していても、いくら直そうとしても、無駄だってことも。

もう救いようのなかった私は、まるで、大きな渦潮に飲み込まれるように、ふらふらと、明るい方へと歩き出していた。

苦しくなった。

恐ろしいほどに心地よい温度の水が、全身を包み込む。

私はすぐに気づくことができた。これが私の望んでいたもの…

その時の気持ちは覚えていない。ただ、ひどく傷ついた感情だけが、そこに残っていた。その爪痕が残した痛みは、私がその時考えていたちっぽけな想像なんかとは全く違っていた。

 

2.夢

目が覚めると、工場地帯のような景色が見えた。好きな色だ。

次々と現れる乗客に、私は戸惑いを覚えた。それを隠すのに必死で、必死で、ただ眠り続けることしか出来なかった。

どうやら、本当の目的に到着したようだった。

真っ暗な球体の中に、何やら赤く光る文字。

不安を覚えていたのも束の間、辺り一面に幻想的な星空が広がる。

それが本当なのかなんて、正直、どうでもよかった。

私はただ、目の前に広がる美しい景色に見惚れて、夢中になっていた。

心が満たされていく。

穴の空いたちっぽけな心。

目の前に広がる景色に圧倒された。美しかっただけなはずの景色に。

やがてその景色は私を潰した。

目の前に現れるバス。

 

3.目覚め

6畳の部屋の中で、目を覚ました。

穴だらけになった心は、変わっていなかった。

目の前に迎えにきたバス。

もう諦めるしかないなんて、考えたくなかった。

だからこそ

私は、バスに足を踏み入れるしかなかった。

この物語はフィクションです。実在する人物や地名、団体とは一切関係ありません。

また、この物語は「なんにも。」という楽曲と、そのMVと合わせて読むことでよりお楽しみいただけます。